保育園の美術を体験してきた

息子が通う保育園では、親が子どもたちと同じような造形体験をできる

「保護者美術」の時間があります。

 

以前書いたように

園児が毎月美術の時間に作っている作品がとても魅力的なので、

どうやってこれが生み出されるのだろうと興味があり、

今回私も保護者美術に参加してみました。

 

その中でいくつか印象に残った先生たちの言葉があったので

書き残しておきたいと思います。

 

「何を作ったの?」と聞かないで

 

展示してある作品を見て、親が

「これは何を作ったの?」と聞いている姿を

たまに見かけるそうです。

 

で、それらしきものが描けていると褒める。

 

子どもは親が求めていることに敏感で、

それに応えたいと思うところがあるので

だんだん自分の外のもの(周りからの期待や評価)に合わせて

作るようになってしまう。

 

でも、もし「あるもの」が描けるようになったとして

その先はないそうです。そこ止まり。

 

そうではなく、

自分の内側にある言葉にならないごちゃごちゃを

外に出せるのが造形の醍醐味。

 

大人になったら、周りと合わせることも必要かもしれない。

しかし、それが本当の意味でできるようになるのは、

自分の中で何を感じているのかを表現できるようになってからの話。

 

子どもたちは自分本位で

自分の中の感覚だけに集中して

表現しているから

何かを作ろうとしているわけではない。

 

 

私たちは小学校でうまくやれるように保育しているのではない

 

今日は卒園児のお母さんも多く参加していました。

 

保育園で自由に何の制限もなくアートを楽しんでいた子が

小学校に入って、美術の時間に

指に絵の具をつけて描いたり、

絵の具をチューブから直接紙に出したりすると、

先生にそれは間違っていると指摘され

「道具の使い方がわからない子」

「美術ができない子」

とレッテルを貼られ、子どもが苦しんでいた

と話される方がいました。

 

それを聞いて園長先生が

「私たちは小学校に入った時にうまくやれる子になるように保育しているのではない。

大人になった時にきちんと生きていけることを意識している。」

「確かに一時的に戸惑ったり、苦しんだりすることがあるかもしれない。

けれど、のちのち必ず活きてくる時がくる。子どもたちのその力を信じるしかない。」

 

負の感情も含めて丸ごと受け止めてもらった経験は

いつか苦しい時に「自分は自分でいい」と思えることにつながっていく。

そして、それは他人を傷つけたり、自分を傷つけたりしない人間を形成していく。

 

たかが美術だけど

これだけの想いを持って

造形体験をさせてくれる先生方に

改めてありがたいなぁと思うのでした。

 

 

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